大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

安芸吉田簡易裁判所 昭和34年(ろ)8号 判決 1960年5月26日

被告人 三上一基

明三二・二・一七生 農業

主文

被告人を、罰金一二、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

押収にかかる千円紙幣五枚(証第一号)は、これを没収する。

被告人に対し、選挙権及び被選挙権の停止に関する公職選挙法二五二条一項の規定を適用しない。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三四年四月二三日施行された、広島県議会議員の選挙に当り、同県高田郡から立候補し当選した岩崎譲亮の選挙運動に従事したものであるが、同年同月二〇日ごろ、被告人の肩書自宅において、同候補者の選挙運動者なる加藤寛策が、同候補者に当選を得させる目的をもつて、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与するものであることの情を知りながら、金五、〇〇〇円の供与を受けたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示行為は公職選挙法二二一条一項四号に該当するので、罰金刑を選択し、定められた罰金の範囲内において、被告人を罰金一二、〇〇〇円に処し、罰金不完納の場合の労役場留置につき、刑法一八条、被告人の判示犯罪による収受利益の没収につき、公職選挙法二二四条前段を適用する。

そして、本件処罰に伴う、被告人の選挙権及び被選挙権の停止について考えるに、選挙権及び被選挙権は憲法上保障された国民の重要な権利であり、その停止は、最も慎重でなければならないと考える。ところで、公職選挙法二五二条一項は、同項所定の選挙事犯により刑に処せられた者を、一定の期間選挙から隔離し、その公正を保持しようとするのであるから、右条項を適用しなければ、再び選挙の公正を害する危険性のある悪質な事犯でない限り、その適用を除外すべきであると、考えられるところ、被告人は、幼少のころから、旧丹比村にあつて同じコースをたどり、かつ、共に、町議会に議席をもち、社会的にも上位にある加藤から、供与金員の処置につき、苦しい立場にあることを告げてその受領方を執拗に迫られ、余儀なく、供与を受けるに至つた事情と、被告人が供与を受けた後、いたくその所為を恥じ、これを返還して心事相違うことを表明したいと考え、他の金銭とは区別して保管し、その返還の機会を捉えようとして苦慮していたと見られる節のある点等を併せ考えれば、右条項を適用して、被告人が選挙に関与できなくしなければ、その公正が維持されないほど悪質な事犯とは考えられない。しかも、被告人の住居する津々羅部落は、辺鄙の地であり、その開発について、部落民が、被告人の誠実な政治力に期待していることの大きい点など諸般の事情を考慮すれば、被告人には、選挙権及び被選挙権の停止に関する右条項を適用しないのを相当と考えるので、同条三項により、その旨宣告することにした。

よつて、主文のように判決する。

(裁判官 樫本能章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例